#11

まとめ http://d.hatena.ne.jp/blackwater/19990101

                                • -

「私に教わりたいから、だって?」
「そう」
「いったい、何を?」
「科学を、よ」
 わずかな風が、エナメルの栗色の髪を揺らす。私は、特に意味もなかったが、じっとその揺れてはまた垂れる髪を見ていた。彼女は、話を続けた。
「わたしたちの国に行ったことがあるなら、お分かりでしょう。アシュグラウンドの科学力はとてつもなく低いのよ。魔法力学が発展してるから、そのせいもあるんだけど、近代科学があんまり普及していないし、それを国民に教育する機関もないのよ。だから、わたしが留学生として科学を勉強しに来たわけ」
 今度は風ではなく、彼女自身の手が髪をかきあげた。重力と反対の方向に力を加えられた髪は、一度、ふわりと浮き上がってから、風に乗った。はらはらと髪がなびいていく。
「科学を勉強するったって、どんだけ幅広いと思ってるんだ。それを君一人で学ぶのか?」
「だから」そう言ってエナメルは笑った。「パステル先生の論文あったでしょ。それを学びたいのよ。わたしは、それが一番知りたいのよ」
「論文、か・・・」
 私は、1年前、私が書いた論文の事を思い出した。決していい思い出ではない。あれが原因で、私は今の閑職に追いやられたようなものだ。しかし、逆に言えば、若い有望な研究者を一人抹殺する決意をさせる程のインパクトを持った論文であることは確かであり、それだけの内容であることは書いた私自身が一番よく分かっていた。長い沈黙の後、私は問うた。
「つまり、エナメル。君は、私の『副物理法則存在理論』が知りたい?」
「そうよ。あれは、もしかしたら魔法の存在を科学的に証明し得るかもしれないから」
 私は、エナメルのその言葉を聞いて、驚きを隠せなかった。なんせ1年前の私自身も「この副物理法則は魔法と呼ばれるものかもしれない」と考えていたのだから。(つづく)

                                                  • -