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 それからおよそ24時間後、私は、エナメルと2人きりで私の部屋で話をしていた。私の部屋、と言っても自宅ではない。大学が構内に用意した簡素なオフィスのようなものだ。エナメルは、まるで何もなかったのように登校してきた。そりゃあ事が起きてる最中だって何もないような顔をしていたのだから驚くようなことではない。
「さて、昨日のことを説明してくれ」
 エナメルは、微笑を浮かべるながら、私を見据えた。楽しんでいる、といった表情だ。何が起きているか知らない無知な人間に状況を教えてやるのは、少し愉快なことでもあるのは確かである。しかし、今の私には、彼女の微笑が、やけに意地悪に見えた。
「そうね。もうパステル先生には関係ないってこと、ないものね。わたしが魔女ってことも知っちゃったしね」
 お前が教えたんだろうが。思わず突っ込みたくなるが、これ以上、意地悪をされたら困るので黙っておく。エナメルは続けた。
パステル先生は、もちろん魔女は知ってるわよね」
「ああ、知識の上ではな。しかし、実際、あんなことを起こすような魔女が実在するとは思ってなかった」
 事実、トリックではないかという仮説も考えてみたほどだし、魔法の実在には、やはり半信半疑だ。しかし、あの切羽詰った状況で、トリックをわざわざ使って、あんなことをしてみせる理由がない。トリックなら男たちもグルでなくてはならない。しかし、どこの世界に首をすっとばされる事に同意するようなボランティア精神にあふれる人間が存在するんだ。
「魔法国家アッシュグラウンド。それがわたしの国。世界連盟には登録されている、れっきとした主権国家よ」
「アッシュグラウンドか、あそこは行ったことがあるが、魔法使いには一人も会わなかった。魔法国家なんてのは、歴史的な事情に付属する建前だと思っていたが」
「それはね」エナメルの表情から笑みの割合が増えていく。もはや微笑という表現では不適切だった。「アッシュグラウンドは魔法国家と銘打ってるけど、魔法使いなんかほとんどいないの。でも、魔法使いは、確かにいるのよ。でも、その数はとても少ないの。それに国が認めてる正規の魔法免許を持ってるのは3人だけしかいないの」
「ずいぶん少ないな」
「無免許、つまりモグリの魔法使いは、その何百倍もいるわ。でも、やっぱり全国民の割合からみたら、ほとんどいないようなもんね」
「で、君も、そのモグリの魔法使いってわけか?」
 私は、わざと皮肉をぶつけてみた。しかし、エナメルは笑って(もはや満面の笑みだった)こう言った。
「私は、偽者でもモグリでもないわ。ちゃんと免許を持った正真正銘の魔女よ」(つづく)

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