#4

「私をつけまわすなんて、一体、何を考えているんですか?」
 窮地であったが、ここで後手に回ったら、永遠に彼女の謎を解くことはできないだろう。私は、何の根拠もないまま、そう確信して、質問に質問で返した。
「君こそ、一体何者なんだ?エナメル=レインドロップ
 エナメルは沈黙した。しかし、これは私の質問が、まったく彼女の致命傷にならなかったことを意味する沈黙だった。この質問に対し、彼女は無限の選択をもって、回答することができる。何故なら、私は、彼女の正体も知らなければ、彼女の嘘を暴くこともできない。彼女は、でたらめでも嘘でも何を言ったっていい。選択は無限だ。彼女の沈黙は、その選択を楽しんでいるが故の沈黙だった。
 そして、彼女は答えた。
「知っての通り、尾行したくなるほど胡散臭い女よ。どこか遠くからやってきた、ね」
 案外、つまらないことを言うと思った。しかし、皮肉としても脅しとしても効果のない言葉ではなかった。ずいぶん正体を探られていることに手馴れているな、と私は感じた。
「謝る。悪かったよ。帰る」
 このぐらいで諦めるような性格をしている私ではなかったし、他に退屈をまぎらわせる事象も思いつかなかったのだ。しかし、この日は、それ以上、彼女と言葉を交わすこともなく撤退した。私の0勝1敗である。
 だが、翌日、懲りない私は、また彼女を尾行した。どのような方法で尾行したかは、あえてここには書かない。しかし、一流の科学大学を首席で卒業した人間の考える最も確実な尾行法であったことだけは間違いがない。今度は、エナメルに気付かれることなく、彼女の自宅まで尾行をすることができたし(意外なことに学生課の名簿通りの住所であったのだから、つけまわした私も間抜けなことをしたと思う)、なんと私以外にも彼女を尾行している人間をも発見した。それも複数の人間を、だ。どうやら彼女の尾行に関して、複数の人間が連携して活動しているのは、ほぼ間違いがなかった。そして、複数の人間が連携して活動している形態を、多くはこう呼称する。「組織」と。(つづく)