結論から言うと、コザック前田こそ、現代の太宰治です。
太宰治は、日本初の日本語パンク作家なのです。太宰治の「柔弱」の精神とコサック前田の「弱男」の精神は全く一緒。ほんまもんの愛の存在を知っていながら、その正しい表現の仕方を知らず、完全に伝えきれず、酒飲んじゃうところも一緒。
個人的な事情で生活の愚痴ばっか書いて「才あれど徳なし」と悪口を言われて「むしろ私は『徳あれど才なし』だ」と言った太宰治。そして『「良かったね晩秋売れたね!」「カッコいい!」などとほざくネエちゃんよ カッコいいと言うのなら俺の彼女にでもなってくれるのか? 三日も付き合えば俺の事なんかどうでもよくなるんだろ こんな事を歌詞にする俺は三流だ』と唄った、誠実すぎるがゆえにファンすら罵倒するコザック前田。彼らの精神は似ている。
太宰治は、斜陽で書いた。
「これから東京で生活して行くにはだね、コンチワァ、という軽薄きわまる挨拶が平気で出来るようでなければ、とても駄目だね。いまのわれらに、重厚だの、誠実だの、そんな美徳を要求するのは、首くくりの足を引っぱるようなものだ。重厚? 誠実? ペッ、プッだ。生きて行けやしねえじゃないか。もしもだね、コンチワァを軽く言えなかったら、あとは、道が三つしか無いんだ、一つは帰農だ、一つは自殺、もう一つは女のヒモさ」
コザック前田はローアンドローで唄う。
「アップライトに生きてきた奴の明るいポジティブな仲間意識なんかより考えすぎの美学を持っている奴がいいのさ」
何故、太宰は死んだ?時代が彼に追いつかなかったからだ。まだロックもなければパンクもない時代だったからだ。
何故、コザック前田は生きている?そこにパンクがあるからだ。彼は書いた。
「もう時代の移り変わりがそこまで来てるぞ!」
時代は変わっている。もう弱男は死ななくていい時代だ。
「一つは帰農だ、一つは自殺、もう一つは女のヒモさ」?
太宰さんよ、もう一つを忘れているぜ。つまり・・・
「弱男を唄え!」
以上、「オラぁいちぬけた」を買って四日目、「卒業アルバム」も「弱男」も聞いたことの無い男の不謹慎な発言でした!あと、俺、エレカシの方が好きよ?

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今日は久しぶりに漫才をやった。先輩との即席コンビで、新入生歓迎イベントで。けっこう空席があったり、空気が悪かったけど受けたので良かった。
やっぱり掛け合いは楽しい。ピンのネタは隙じゃない。新入生は5人ぐらい見学に来た。入りそうなのは2人ぐらいかな。
運営も徐々に楽になってきた。うーん、とりあえず何とかなるだろ!
最近は、毎日、全力で生きています。生まれて初めて。
冊子はけっこう金がかかりそうだ。原稿がなんだかんだで100枚ぐらいになってしまったので。両面印刷でもちょっと厚みがあるぐらい。一般配布は無理そうなので15部ぐらい作って知り合いに配るか。
授業始まったけどだるいなぁ。一時間半あってあの進度はなぁ。のろすぎて逆についていけない。