モモンガ

 モモンガが死んでいた。あげく、死んでいたのみでなく、その死体は木に突き刺さっていた。
 もしもそれが自分の庭にある木にさえ突き刺さっていなければ、気づかなかったであろう。仮に気づいたとしても、さして気にも留めなかったであろう。だが、モモンガの死体は、私の自宅の、庭の、最も高い木の、最も高い枝に突き刺さり、血をたれながしていた。
 一体これはどういうことであろう。モモンガというのも意味が分からないが、それが突き刺さっているとなると、ますます意味が分からない。気味が悪い、という言葉だけでは表現の仕様のない気持ちを抱いたが、手をこまねいているわけにもいかず、早急に植木屋を呼んだ。その木は亡父が大事にしていた為、定期的に診てもらっていたので、すぐに来てもらい、モモンガの死体は手早く撤去されるに至ったのであり、私は、大いに安心した。
 しかし、またモモンガが死んでいた。御丁寧にも、同じ木の同じ枝に、同じようにして突き刺さり、血をたれながしていた。昨日よりも枝にこびりついた血の染みは広がっているようにも見える。2日続けてともなれば、偶然でもあるまい。誰かがやったに決まっている。
 2日続けて植木屋に頼むのもしゃらくさくなり、自ら梯子を使ってモモンガを取り除いたのであるが、取り除きつつ、植木屋を疑った。が、私が昨日支払った代金は4000円(税込)といった具合で、仕事欲しさの為に死体を刺したのであれば、モモンガというのはどうにもおかしい。別に猫でも犬でもいいわけであるし、モモンガといえば珍獣とまではいかずとも、そこらを飛び回っているわけもなく、植木屋が手に入れるには手間がかかる。仮に入手したとしてもモモンガの単価が4000円を下回るということはなさそうに思う。植木屋がやったとして、完全に赤字である。植木屋が仮に他人の家にモモンガの死体を投じてまで仕事を欲しがる規格外の外道であったとしても、赤字となれば2日続けてはやるまい。よって植木屋の線は無い。だが、今回、現金を手にしているのは植木屋である。植木屋が犯人でないならば、もはや金銭が目的の反抗ではあるまい。
 3日目、モモンガが死んでいた。やはり木に突き刺さって絶命していた。絶命してから木に突き刺されたのかもしれないが、その順序がどうであれ、大して変わらないと思う。モモンガかわいそう。
 私は、怨恨の線を疑った。金銭が目的で無い以上、嫌がらせぐらいしか思い当たらなかったからである。しかし、そんな恨まれるようなことしたっけかー?とも思うが、まぁ、逆恨みということもあるだろうし、怨恨が原因だと考えれば、月刊黒魔術とか呪術自身とかに『注目のいけにえ特集!この冬はモモンガで決まり』などと書いてあったりした場合、死骸がモモンガのものである必然性という謎もクリアされることになる。これはあるかもしれない、と私は思ったが、特に断定する材料もないので推論の域を出ない。ちなみに月刊黒魔術はググっても出ませんでした。
 4日目、5日目…と、モモンガの死体は未だ毎朝突き刺され、1週間が過ぎても途切れることはなかった。正直、7匹ものモモンガを手に入れるのはかなり敏腕なペットショップの経営者でも難しそうに思えたし、監視カメラを設置してもカメラが捕らえることのできない死角から放り投げているのか、モモンガの死体が冗談のようにピューと飛んできて木に突き刺さっているのである。正直、犯人は只者ではない。何故私は、こんな凄腕に狙われ、しかもモモンガの死体を投げ込まれているのであろうか。
 2週間も経つ頃になると、私は毎朝梯子でモモンガを取り除くのが日課になっていた。3ヶ月も経つころになるともはや面倒になり、モモンガの死体を丸1日うっちゃってしまい、翌日に2体まとめて降ろしたりするようになった。そして、それは次第に2日に1度から3日に1度になり…という具合に延び延びへと変わっていった。
 そうして、更にそれからどれぐらいの月日が経っただろうか。怪我をしたり、寒さで古傷が痛んだり、面倒だったり、と延ばし延ばしにして、もはや私は久しくモモンガの死体を処理していなかった。しかし、私が面倒になっても毎日モモンガの死体は増えていった。しかし、誰もそれを咎める者はいなかった。とっくの昔に我が家は隣近所からは見放され、無い物として扱われているし、私自身は嗅覚が麻痺して、ほとんどそそれを感じない。たまに全国モモンガ協会などから抗議が来たりなどするばかりである。
 今、冬の寒さで木は枯れきってしまっているが、満開の桜、茂りに茂った夏の葉のごとく、モモンガの死体は枝を埋め尽くしている。冬でさえその腐臭はすさまじい。何より見た目がひどすぎる。私自身、慣れてしまっているが、寝てる間に嘔吐して起きたら大惨事、などということも少なくない。
 しかし、この生活ももう終わりである。何故ならば、今日から新しい住まいに引っ越すからである。家具はくさいので全て捨てた。服さえ捨てた。まさに裸一貫からのスタートである。ありがとう人生。などと思っていたが、いつの間にか、私はそれを口に出すどころか、絶叫していた。ありがとう人生、ありがとう、と絶叫していた。のどが渇いたが、心は軽い。さぞ水はうまかろう、と新品のコップ片手に水道の栓をひねる。
 蛇口より、モモンガの死体、にゅるりと飛び出て、ぽとりと落ちた。