黄昏にガム

 どっ、という笑い声が会場を包むと同時、わたしが照明を落とすと舞台は真っ暗になった。ほんのわずかな間だけ、しんとするが、すぐに拍手が鳴り響いた。
 わたしは、再び照明を灯し、舞台が明転すると、そこには3人の男が直立している。彼らは滑らかな動きで礼をすると、また割れるような拍手が起きた。今日は「コントグループ 恐竜世紀」の定期公演の最終日にあたる。毎回、温かい拍手が巻き起こるが、特に最終公演ということもあってか、より強い拍手が舞台の上の役者たちへと送られていった。
 それは、決してわたしに送られた拍手ではなかったが、わたしの小さな胸を誇りで埋めるには充分すぎる程の拍手だった。そして、わたしは「ああ、なんておもしろいのだろうか」と、ステージで拍手を受け続ける恐竜世紀の3人を見つめるのだった。


 わたしがガムに出会ったのは今から2年ほど前で、その頃には、わたしもガムもまだ大学2年生で、さらに言えば二十歳にもなっていなかったように思う。当時、ガムは、まだガムという名前を持つ前で、わたしは「高橋」と本名で呼ばれる彼をいつの間にか知り、いつの間にか彼に魅かれ、彼と付き合いだしたのだった。
 ガムは、自分のことを多くは語らない男だった。わたしが逢いたいと思うときにも「大事な用事がある」などと言われて、独りきりにされることも多かった。彼は、わたしがそれよりも前に付き合っていた男とは、むしろ対照的で、恋人が一体何をやっている人間で、わたしを逢っていない間にどこにいるのかを知らずに過ごすというのは初めての経験だった。
 自分がそういう相手に体を預けたり、おもちゃのようにいじくりまわされることが、意外なほど性に合っている事もそうやって知った。
 彼が、わたしに自分が何者であるかを打ち明けたのは、既に付き合い始めて半年以上経ったころだった。具体的にはいつだったか思い出せない。わたしたちは決して純愛映画のような付き合い方をしていたわけではないから、記憶は曖昧になりがちだ。時期はクリスマスより少し前だったと思う。いつものように喫茶店で時間を潰していると、ガムが一枚の紙切れを差し出した。こう書いてあった。
「『コントグループ 恐竜世紀』 第2回公演」
 チケットだった。彼はコメディアンだったのだ。
「別にプロとかそういうんじゃないんだけれど」と彼は、目も合わせないで照れ臭そうにそう言った。
 詳しく聞くと、学生の舞台仲間と今度ステージをやるそうなのだが、チケットが余っているということだった。私は、財布から2000円を取り出して「お釣りはいいけどさ、別にこんなこと、やってるのを隠すような事じゃないでしょ。不安だったんだから」と言うと、彼は「なんか言い出せなくてさ」と、はにかんで言った。その姿を見ていると、わたしの怒りや不安は、暖かい雨に溶かされる氷のように、すっと消えてしまうのであった。
 結局、それをきっかけにして、わたしは恐竜世紀に関わりだし、最初は観客だったわたしも、ガムと同棲する頃には、スタッフのひとりとして数えられるようになってしまっていた。それ以来、約一年半、わたしの学生生活の後半部分に、恐竜世紀が大きく陣取ることとなったのであった。


「お疲れ様。アンケートはもう読んだ?わたしは、まだ読んでないけど、今回も評判は結構よかったみたい」
 まだ肌の表面に汗がにじんでいるガムに声をかけると、彼は小さく「ああ」と言っただけで、その場を立ち去ろうとした。実は、先ほど少し感じていたことが、また脳裏をよぎった。どこかいつもと違う不穏なものをわたしは感じていたのだ。
「どうしたの?最後の挨拶もなんか変だったよ。いつもなら『次もがんばります』とか言ったりするのに」
 ガムは、やはり小さく言った。
「次はねぇよ。恐竜世紀は解散だ」

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 コントグループ恐竜世紀が結成されたのは20世紀最後の年のこと。メンバーは3名。高橋”ガム”竜一、沢木”ゴノー”球太郎、山本”ギーグ”俊介によって結成された。